絶版文庫書誌集成
河出文庫 【お】
大泉 黒石 (おおいずみこくせき)
「黄夫人の手 黒石怪奇物語集」 (ウォンふじんのて)
大岡 昇平 (おおおかしょうへい)
「疑惑 推理小説傑作選」 (ぎわく)
大鹿 卓 (おおしかたく)
「渡良瀬川 田中正造と直訴事件」 (わたらせがわ)
大庭 みな子 (おおばみなこ)
「寂兮寥兮」 (かたちもなく)
大濱 徹也 (おおはまてつや)
「明治の墓標 ― 庶民のみた日清・日露戦争」 (めいじのぼひょう)
大森 望 (おおもりのぞみ)
「新編 SF翻訳講座」 (しんぺんえすえふほんやくこうざ)
大類 信編 (おおるいまこと)
「ヌード 1900‐1960」
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*頁数(ノンブル)無し・カバー文無し・目次無し
*発行 1993年
*cover design:MAKOTO OORUI / cover format:KIYOSHI AWAZU
岡田 喜秋 (おかだきしゅう)
「山村を歩く」 (さんそんをあるく)
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*279頁 / 発行 1981年
*帯文
旅を人生の友とするあなたに贈る
大自然のふところに息づく山村のある風景。気ままな旅に誘う紀行文学の名著!
*目録文
自然のふところにひっそりと息づく日本の山里32ヶ所を訪れ、そこに生きる人々の生活を描く旅の名著
岡本 綺堂翻訳 (おかもときどう)
「世界怪談名作集 上」 (せかいかいだんめいさくしゅう)
岡本 綺堂編・訳 (おかもときどう)
「世界怪談名作集 下」 (せかいかいだんめいさくしゅう)
岡本 綺堂 (おかもときどう)
「綺堂随筆 江戸っ子の身の上」 (きどうずいひつえどっこのみのうえ)
*お染風(本書収録)
この春はインフルエンザが流行した。
日本で初めて此の病いがはやり出したのは明治二十三年の冬で、二十四年の春に至ってますます猖獗(しょうけつ)になった。我々はその時初めてインフルエンザという病いを知って、これは仏蘭西(フランス)の船から横浜に輸入されたものだと云う噂を聞いた。しかし其の当時はインフルエンザと呼ばずに普通はお染風(そめかぜ)と云っていた。何故お染という可愛らしい名を冠(かぶ)らせたかと詮議(せんぎ)すると、江戸時代にも矢張これに能(よ)く似た感冒が非常に流行して、その時に誰かがお染という名を付けてしまった。今度の流行性感冒もそれから縁を引いてお染と呼ぶようになったのだろうと、或(ある)老人が説明して呉れた。
そこで、お染という名を与えた昔の人の料簡(りょうけん)は、おそらく恋風と云うような意味で、お染が久松(ひさまつ)に惚れたように、直(す)ぐに感染するという謎であるらしく思われた。それならばお染に限らない。お夏(なつ)でもお俊(しゅん)でも小春(こはる)でも梅川(うめがわ)でも可(い)い訳であるが、お染という名が一番可憐(かれん)らしく婀娜気(あどけ)なく聞える。猛烈な流行性をもって往々に人を斃(たお)すような此の怖るべき病いに対して、特にお染という最も可愛らしい名を与えたのは頗(すこぶ)るおもしろい対照である、流石(さすが)に江戸児(えどっこ)らしい所がある。しかし、例の大虎列刺(おおコレラ)が流行した時には、江戸児もこれには辟易(へきえき)したと見えて、小春とも梅川とも名付親になる者がなかったらしい。ころりと死ぬからコロリだなどと智慧のない名を付けてしまった。
既にその病いがお染と名乗る以上は、これに憑着(とりつ)かれる患者は久松でなければならない。そこで、お染の闖入(ちんにゅう)を防ぐには「久松留守」という貼札をするが可(い)いと云うことになった。新聞にもそんなことを書いた。勿論(もちろん)、新聞ではそれを奨励した訳ではなく、単に一種の記事として、昨今こんなことが流行すると報道したのであるが、それが愈(いよい)よ一般の迷信を煽(あお)って、明治二十三、四年頃の東京には「久松留守」と書いた紙札を軒に貼付けることが流行した。中には露骨に「お染御免」と書いたのもあった。
二十四年の二月、私は叔父と一緒に向島(むこうじま)の梅屋敷へ行った。風の無い暖い日であった。三囲(みめぐり)の堤下(どてした)を歩いていると、一軒の農家の前に十七、八の若い娘が白い手拭(てぬぐい)をかぶって、今書いたばかりの「久松るす」という女文字の紙札を軒に貼っているのを見た。軒の傍(そば)には白い梅が咲いていた。その風情(ふぜい)は今も眼に残っている。
その後にもインフルエンザは幾度(いくたび)も流行を繰返したが、お染風の名は第一回限りで絶えてしまった。ハイカラの久松に憑着(とりつ)くには、やはり片仮名のインフルエンザの方が似合うらしいと、私の父は笑っていた。そうして、その父も明治三十五年にやはりインフルエンザで死んだ。
お染・久松
浄瑠璃,歌舞伎に登場する人物。1710年大坂の油屋の娘お染が丁稚の久松と心中した事件は,歌祭文(うたざいもん)にうたわれて評判となり,浄瑠璃《お染久松袂の白しぼり》においてその定型を確立した。近松半二の《新版歌祭文》,菅専助の《染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)》,鶴屋南北の《お染久松色読販(うきなのよみうり)》などが有名。(デジタル版 日本人名大辞典+Plusより)
岡本 綺堂 (おかもときどう)
「綺堂随筆 江戸の思い出」 (きどうずいひつえどのおもいで)
岡本 綺堂 (おかもときどう)
「綺堂随筆 江戸のことば」 (きどうずいひつ えどのことば)
岡本 綺堂 (おかもときどう)
「風俗江戸物語」 (ふうぞくえどものがたり)
岡谷 公二 (おかやこうじ)
「郵便配達夫シュヴァルの理想宮」 (ゆうびんはいたつふしゅヴぁるのりそうきゅう)
小川 国夫 (おがわくにお)
「温かな髪」 (あたたかなかみ)
沖浦 和光 (おきうらかずてる)
「旅芸人のいた風景 遍歴・流浪・渡世」 (たびげいにんのいたふうけい)
オークシイ著 中田 耕治訳
「紅はこべ」 (べにはこべ)
尾崎 士郎 (おざきしろう)
「国技館 大相撲力士、土俵の内外」 (こくぎかん)
尾崎 士郎 (おざきしろう)
「私学校蜂起 ― 小説・西南戦争」 (しがっこうほうき)
長部 日出雄 (おさべひでお)
「ハードボイルド志願」 (はーどぼいるどしがん)
小沢 信男 (おざわのぶお)
「犯罪専科」 (はんざいせんか)