*カバー・イラスト ― 宮崎裕治
(イラスト左は裕次郎、右は雷蔵)
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*362頁 / 発行 1996年
*カバー文
われわれにとって裕次郎とは何だったのか? 「ダメな青春」をかこちつつ、カッコイイ裕次郎に陶酔した世代にとって、それはまさに新しい価値観の到来であり、肉体を回復するチャンスであった。50年代後半から70年代初め、日本映画は疾風のように若者たちを巻き込み、熱狂させた。本書は当時の、日活アクション映画から東宝東映アクション映画、大映時代劇までの作品論、裕次郎、旭、赤木圭一郎、和田浩治、渡哲也、千恵蔵、長谷川一夫、雷蔵、勝新太郎などの俳優論、沢田幸弘、長谷部安春、三隅研次、深作欣二などの監督論からなる、時代と映画へのオマージュである。
*目次
1 アウトローの青春 ― 日活アクション映画論
アウトローの孤独な興亡 *一九五四ー五八年
なぜ日活アクションなのか / ダイヤモンドラインの原点 / 救世主・裕次郎 / ドキュメント・アクションの男たち
〈死にがい〉の時代への移行 *一九五九ー六三年
下降するヒーロー・旭 / 死影を秘めた男・赤木 / ヤングパワーとしての和田 / コメディ・アクションとハードボイルド
私怨と殺意の展開と終焉 *一九六三ー六九年
新時代を告げる作家たち / ニュー・アクションの雄・渡
アウトローの凶暴な復活 *一九七〇ー七一年
帰ってきた渡り鳥 / 狂気のもつエネルギー・渡五郎 / 暴走集団・野良猫ロック / 反逆のメロディーを聞いた
2 アウトローからのメッセージ ― 日活アクションスター・監督論
ヒロイズムと戦後青春の残像
再開に苦悩する日活時代劇 / コメディ・アクションの原点・日活喜劇映画 / われわれにとって裕次郎とは何だったのか / 旭の唄は望郷の唄 / 第三の男トニー・栄光は消えず / 十五歳の短命ヒーロー・和田浩治 / チンピラの実存感・渡哲也 / 無言の作品群 / 日活青春映画の祖・舛田利雄 / プログラム・ピクチュアの昇華・野村孝
3 ヒーローとアウトロー ― 東映東宝アクション映画論
アクション映画の源流と傍流 *一九四六ー七三年
戦後アクションの定型 / 多羅尾伴内と金田一耕助シリーズ / 千恵蔵ギャングアクション・シリーズ / スター不在の東宝アクション
4 アウトローと社会性 ― 東映大泉映画論
東映アクションの真率な世界 *一九四八ー七四年
ギャング映画から暗黒映画へ / 社会派推理劇の登場 / 集団ギャングアクションの台頭 / 刑事アクションのその後 / チンピラ・アクションの個性的完成
5 大衆の中のアウトロー ― 大映時代劇映画論
髷をつけたアウトローたち *一九四五ー六〇年
大映時代劇への哀惜 / 阪妻・大河内の終焉 / 長谷川一夫一代記 / 最後の侍・市川雷蔵
双面のニヒリズムの突出 *一九五九ー六三年
不遇なるスター・勝新太郎 / 大映新時代劇をつくった監督たち / 知的ニヒリズムの生と死 / 下層アウトローの強靭な生きざま
6 私の愛したアウトロー監督たち ― インタビューからの推論
沢田幸弘・反逆の可能性
エネルギッシュな告発者 / ニュー・アクションを支える発想の奇抜さ / 青春・反抗・復讐 / ロマン・ポルノにおける男性映画とは
長谷川安春・行為(アクション)への執着
政治不在の集団劇 / 純日本的アクションのモダンさ / 暴力とエロチシズムの一体化
三隈研次・花と剣との葛藤
ヒューマニズム時代劇の誕生 / ニヒリズムの影 / 映像美の完成
深作欣二・焼け跡からの凝視
とり残された田舎の子せがれ / 後衛者の戦後確認 / 自己破壊から状況の破壊へ
あとがき / 映画名索引
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